福岡26会とは、長崎県立島原高校を昭和26年に卒業した同窓会が「島原26会」と称したので、卒業後福岡に在住する同窓生の集まりを福岡26会と称した。
昭和50年頃は、医者のY.O君が呼びかけて、10数人がよく天神に集まっていたが、Y.O君が医師会の役員になってから多忙を理由に呼びかけなくなった。5年毎に開催されていた島原26会全国大会にも顔を出さなくなった。
平成2年11月17日、普賢岳が火を噴き3年6月3日には大火砕流が発生し43人の犠牲者が出た。
その時、行橋市にいたD.S君が義捐金の募集を呼びかけて、北九州地域の26会のメンバーが何回か集まり福岡地区から小生が参加した。福岡地区でも義捐金募集を呼びかけて何度か会合を持ったが、一緒にいろいろ世話をしてくれたM.Aが埼玉県狭山市に引っ越してからは途絶えていた。
島原26会全国大会が平成12年11月3日に開催され、119人が参加した。後でI.Mさんが集合写真に名前を付け、住所禄を送ってくれたのを見て、福岡から女性3人が参加していたのが分かった。男性3人は顔見知りであったが・・・・
この大会で「古希も近こうなって、仲間もボチボチ欠けてきよるけん5年は長過ぎる。2年毎にしたら」と動機が出て満場一致で決定、以後2年毎に開催されている。
平成14年10月18日の全国大会には111人が参加、福岡からは男性5人、女性6人が集り次回はもっと多く人を誘って参加しようと話し合った。
平成16年、福岡26会を再開しようと福岡在住の30数人に葉書で呼びかけ、参加の意思表示があった10人が9月の11日、天神のグリーンホテルに集った。再開第1回目である。続いて第2回目は同年12月9日、福岡ドームの5番ゲートにある居酒屋「鷹正」に男性4人、女性7人が集った。女性たちはドームのとなりにある豪華なシーホークホテル福岡に宿泊した。
続いて大宰府大会(17.4.11)、雲仙大会(17.10.30)、篠栗大会(18.5.11)、大名忘年会(18.12.11)と回を重ね、今年(平成19年)2月8日の新年会(天神)、長崎大会(19.05.25)で8回目となった。
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